「改めて名乗ろう。僕はグラン。魔族たちの王を務めている」
通された応接間で魔王が名乗った。
長い銀の髪がさらりと揺れて、ちょっと儚げな美少年といったところである。 彼の頭からはまっすぐな角が生えている。ドラゴンだったときとよく似た角だ。 ヤギの人ことゴードンは渋面でお茶を淹れてくれた。私はベネディクトとクィンタの間に挟まれるようにして座っている。
この位置じゃ百合に挟まる男、もとい薔薇に挟まる女である。とても居心地が悪い。 だがベネ×クィの×マークだと思えばそこまで悪くないかもしれない。「フェリシアです」
私も名乗るとベネディクトとクィンタが不機嫌そうに言った。
「名乗る必要はないだろう」
「そうだ、こいつは誘拐犯だ。付き合ってやるこたぁない。さっさと帰ろうぜ」
「名前くらいいいじゃないですか。それに帰るといっても道が分かりません。とりあえず話を聞かないと」
険しい表情で言い募るベネディクトとクィンタに、私は反論した。
だって良質な主従カプの予感もするしね。「フェリシアは優しいなぁ! さすが僕の花嫁!」
グランが近寄ってくると、両脇の二人が威嚇している。番犬か。
「あなたと結婚するつもりはありませんが、どうして急に誘拐までして連れてきたのですか?」
「言っただろう、僕はずっと運命の人を探していた。僕ら魔族は魔力の相性を最も重視していてね。あなたのまばゆくも温かい魔力は前から気づいていた。他にはない、唯一無二の魔力だよ。はっきりと感じ取れたのが今日この日。だから急いで迎えに行ったんだ」
まばゆくも温かい。黒い森で発動した光の魔力のことだろうか。
光の魔力は確かに珍しいが、まさか魔族とかいう聞いたこともない種族の王に求婚されるとは。 珍しいから欲しい? とても迷惑な話である。 魔力の相性とか設定(?)はオイシイのだから、そこのゴードンさんと仲良くつがいになればいいのにね。(光の魔力のコツは……) 私自身の幸せを実感しながら、相手の幸福を祈ること。 今の私は幸せだろうか。 急に魔族の国に連れてこられたけど、別に嫌な思いはしていない。 一人きりなら不安だったかもしれないが、ベネディクトとクィンタがいるおかげで安心している。 きちんとおもてなしを受けて、ごはんはおいしい。 ゴードン×グランの主従カプには無限の可能性を感じる。 なんだ、普通に幸せじゃないの。 むしろケモな魔族たちと出会えて、新たな扉が開きそうだ。「ねえ、あなた」 私は虎の人に話しかけた。「あなたには、友人はいますか? 心から信頼できる同性の戦友が」「いるとも」 虎の人は少し戸惑いながら、グランの後ろに控えている一人を指し示した。さっき部屋を出て彼を呼んできた人だ。「あいつは、今でこそ国の要職に就いて偉そうにしているが。前は俺と同じ戦士だった。よく背中合わせで戦ったものだ。瘴気ではないものの傷を受けて戦士を引退したが、今でも魔王様のために尽力している。信頼は変わらない」 指さされた人は照れているのか、居心地が悪そうだ。 その人は狼の耳をしたシュッとしたイケメンである。 対して虎の人はムキムキマッチョなワイルド系。 猫系と犬系! 遠慮なく気持ちを口にして甘えてくるでっかい猫と、真面目で照れ屋だけどまんざらでもないわんこ! 良い! とても良いッ!! あらぁ~。 一応、と思って聞いただけだったのに大収穫じゃないか。 ふつふつと萌えが心に湧き出てくる。 よぉし、これならいけちゃうぜ!(幸せになーれ。苦しいのは飛んでいけ。元気になって、狼の人といっぱいイチャイチャしてね) そっと触れた指先に光が灯った。淡いピンク色の光は、青黒い瘴気に触れるとあっという間に消し飛ばしていく。 傷を覆っていた瘴気が消えた。 クィンタのときのように重傷ではないので、このままでも大丈夫そ
それに魔族たちだって。グランは困った奴だが、ゴードンとの組み合わせは最高だ。 さっきちょっと会った侍女たちも、人間とそんなに変わらないように見えた。 彼女らはきっとBLの良さを分かってくれるに違いない。 ケモという新たな扉を開くのだ。 であれば、魔族を見捨てる選択肢はない。 そもそも無事に帰れるかどうかは彼らの心次第なのだ。 ここはしっかり仲良くなって、きっちりBL布教して、ケモカプをたくさん摂取しておいたほうがお得というもの。 ……というようなことを三秒ほど考えて、私は言った。「私は魔族たちに協力します。力を尽くして、魔物と瘴気の問題に取り組みます」「フェリシアちゃん……」 クィンタがどこか苦しそうに言う。「お前さんはどうして、そこまでまっすぐなんだ。こんな目に遭ってまであいつらを助けると、迷いなく言えるんだ」 理由はさっき考えたとおりなんだが、BL云々言うのはまずいかなあ。ちょっと取り繕っておこう。「魔族を助けることが、めぐりめぐってユピテル帝国を――ゼナファ軍団の皆さんを助けることになるからと、信じているからです」 ベネディクトとクィンタは目を見開いている。感動しているような雰囲気だ。 え? 私そこまで変なこと言ったかな? 困っていると彼らは目配せをしてうなずいた。 二人はそろって椅子から立ち上がる。「フェリシアの心は、しかと承知した。であれば私たちも全力できみを守り、力になると誓おう」 なんか厳かに宣誓されてしまった。 まあ気持ちは嬉しいので、「ありがとうございます……」 と、言っておいた。 翌日、朝食を済ませてから話し合いの再開となった。 会議室には人間三人の他、魔族はグランとゴードン。それから数人の身分の高そうな人が同席している。 彼らは魔族の国の要職にあると説明された。「昨
魔族たちの寿命が人間と違うのかどうか知らないが、九百年は彼らにとっても相応に長い年月のようだ。 記録が風化する年月としては、十分なのだと思う。 グランが言う。「黒い森は広大な上に、瘴気がはびこっているからね。歩いて通り抜けるだけでも大変だよ。魔族としても無理に南下する必要はなかったし、人間と接点がなかったのさ」「グランのように空を飛べれば、移動は楽そうね」「うん! 魔族はみんな人の姿と獣の姿を持つけど、翼を持つものはそんなに多くない。フェリシア、今日は爪で掴んでしまってごめんね。今度は背中に乗せてあげる。空でデートしよう!」「まあ、そのうちね」 私が否定しなかったせいか、グランはとても嬉しそうにしている。やれやれ。 それからも食事は比較的和やかに進んで、無事に終わった。 お腹がいっぱいになったら急に疲れを自覚した。 今日は午前中から要塞を出て光の魔力を使い、拉致られて半日も空を飛んで、初めて見る魔族たちの話をたくさん聞いた。 とても目まぐるしい一日だった。疲れるのも致し方ない。「少し疲れてしまいました。もう休みます」「うん、そうして。明日もあなたに会えると思うと、今から楽しみ」 部屋までみんながついてきてくれた。「フェリシアちゃん。明日以降の話、軽く打ち合わせておこうぜ」「他の者は、すまないが外してくれるか」 ベネディクトとクィンタが交互に言う。グランは肩をすくめた。「いいけど、無理に逃げ出そうとしないでね。城の周辺は割と安全だけど、森に入ったら魔物がうじゃうじゃいる。僕のフェリシアを危険な目に遭わせるわけにはいかないんだ」「ちょっと話をするだけだから」「ん。信じる」 グランはそう言ったが、見張りくらいはつけているだろう。 とりあえず人払いをして、人間組三人は部屋に入った。「で、どうする?」 椅子にどっかりと腰をおろして、クィンタが言った。ベネディクトがうなずく。「脱出はあまり得策ではないだろ
私の部屋とベネディクト・クィンタの部屋はすぐ近くにしてもらった。 魔族たちは今のところ悪意も害意もなさそうだが、状況によって変わるかもしれない。 頼れる二人がいれば安心である。 部屋はなかなか立派で、迎賓室と思われた。広いリビングの他にベッドルームが二つもある。 ユピテル帝国に比べると建築様式はそれなりに違う。北で寒い土地のためか、開けた回廊は少なくて重厚な雰囲気だった。「お食事の前に、おみ足を洗わせていただきます」 部屋に数人の侍女たちが入ってきた。一人は湯の張ったタライを持っている。 足を洗う習慣はここでもあるんだな。ユピテルにもあるし、昔の日本でもあったよね。 まあ今回の私はドラゴンのグランに掴まれて運ばれてきたので、足は汚れていない。 それでも温かいお湯に足を入れるとほっとした。 そして、特筆すべきは侍女たちの姿である。 ゴードンのように角を持つ者の他、猫耳やうさ耳の人がいる! めっちゃかわいい! もふもふだ! どうやらこの世界の魔族は獣人に近い生き物であるらしい。 私はケモもけっこう好きだ。これはケモカプの可能性がある……! ケモ同士でもいいが、ベネディクトやクィンタと絡ませてもおいしいのでは??? 私が一人興奮していると、うさ耳の娘さんが若干不審そうな顔をしていた。 いかん、表情を取り繕わねば。 一度表情筋をリセットして優しげな微笑みを作ると、ますます不審そうにされてしまった。くそ、タイミングが悪かったか。 それからすぐに食事に呼ばれたので、部屋を出る。 行き先は立派な晩餐室だった。 最近は要塞の食堂で飲み食いしていたせいで、上品な雰囲気にちょっとビビる。 私は一応貴族の生まれだが、ほら、実家では奴隷同然の扱いだったから……。 まあ、ここは遠い異国の地だ。マナーとかうるさいことは言われないだろう。 ベネディクトとクィンタ、グランがやって来て着席した。 大きな円卓を囲んで食事が始まった。&nbs
キラキラした目で私を見つめているグランと、困惑中の人間御一行様。話は平行線でちっとも進まない。 その双方を見やってゴードンが何度目かのため息をついた。「我らの事情が厳しいのは確かですが、だからといって誘拐はいけません。主の不義理をお詫びいたします」 そう言って深々と頭を下げた。 ううむ、理性的でいい人じゃないか。 主であるグランに小言を言いながら、それでも忠誠心の高さが垣間見える。 理想的な主従カプである……! 誘拐は大変な目にあったけど、彼らを見るためにここまで来たと思えば苦労も吹っ飛ぶというものだ。「詫びる心があるならば、私たちを帰してくれ」 ベネディクトが言うが、ゴードンは首を横に振った。「男性お二人だけであれば、今すぐにでも。けれどフェリシア様を手放すわけにはいきません。それでは納得していただけませんよね」「当たり前だ。てめえらの事情なんぞ知ったことか」 クィンタが吐き捨てるように言ったが、今度はグランが口を挟んだ。「人間にも無関係な話ではないよ。そうだね、例えば。最悪のシナリオとして、僕がほどなく魔物との戦いで死んだとしよう。次代の魔王候補はまだ育っていない。そうすると瘴気の抑止力が消えて、この土地はあっという間に汚染されるだろう。次に瘴気は南下して人間の国に向かう。そう、あなたたちの領土だ。軽く計算してみたことがあるが、このケースだと最短で百年、遅くとも二百年で人間の国の北部は瘴気に呑まれる」「…………」 みな、押し黙った。 百年は長いようで短い。子や孫の世代になれば確実に影響が出るということか。 少なくとも現在の北の国境である要塞町は、ただでは済むまい。 リリアやメイドたちや、兵士の皆さん。彼らの子孫が故郷を失ってしまうなど、考えるだけで嫌だった。 私がもし心からグランを好きになって結ばれれば、そのシナリオを回避できるのか。 お城の様子を見たところ、魔族たちの文明度はユピテル帝国と大差ないようだ。 だったら暮らしぶりに大きな変化は出ないだろう
「人間には闇属性、いないの? 魔族なら一割ぐらいは闇なんだけど」「いねえな。少なくとも記録に残っている範囲じゃ、一人もいない。人間の魔力は五大属性がほとんどで、たまに光と無が出る。無は文字通り魔力を持たない奴だ」 クィンタはちらりと私を見て、すぐに目を逸らした。 グランが目を輝かせる。「光! 光は魔族にない属性だよ! フェリシアがそうなんでしょう? やっぱり僕の花嫁だ」 無邪気に喜ぶグランを黙殺して、私は気になった点を質問した。「……魔族の領土は瘴気に汚染されているの?」「あれ、話を逸らされちゃった。でもいいよ、フェリシアの問いならなんでも答えてあげる。うん、そう。瘴気は太古の昔から僕たちの土地にあって、代々の魔王が抑えてきたのだけど。徐々に広がってしまったせいで、最近は本当に住める土地が減ってしまったんだ。僕は魔王としてそれなりに強い力を持つのに、それでも瘴気の侵入を緩やかにするのが精一杯で」 グランは床に視線を落とした。その表情は先ほどと打って変わって真剣で、王である責任を感じさせる。「瘴気から魔物が生まれるのですね?」 クィンタを見ると、彼は軽く首を振った。「瘴気の濃い場所で魔物が発生しやすいと言われているが、『生まれる』とは初耳だ」「人間の領土は瘴気が薄いんだね。魔物は確実に生まれるよ」 グランが目を上げた。「そして、魔物を放置するとやがて瘴気そのものが生み出される。悪循環なんだ。けれど大量の魔物を殺し尽くす戦力はなく、悪循環を止める手立てはない。でも、僕がフェリシアと結ばれて大きく力を増やせば。魔物をもっと始末して、瘴気を抑え込んで。魔族たちを助けられる……!」 彼の目には切実な思いが宿っていた。「だからお願いだ、フェリシア! 僕の花嫁になって!」 私は答えられなかった。 さっきまでのただ強引な求婚であれば、「だが断る。嫌に決まってるだろ馬鹿」で済んだの